2009年10月20日

割り切り デートに誘わせろ!

恋愛は駆け引き。押してダメなら引いてみろ!
押しっぱなしだと、相手に下へと見られ調子に乗らせるだけ・・・
でも待ってばかりだと、なかなか前へと進まない。いったいどうすれば良いの??

恋愛を進めるには、デートすることが一番!相手と会って、会話することが重要です。
でも誘ってばかりだと相手がどう自分のことを思っているのか不安・・・・
かといって、待ってばかりではいつまでも誘ってもらない・・・・
そう思っているあなた!今回は必見かもしれませんね。(笑)

男心に訴える!デートへの誘わせ方。
以前にブログで、自分で誘うよりも相手に誘わせること。また、誘わせるためには誘い水も必要だ!と記事にしたこともありました。今回はもっと具体的に書いてみようと思います。

まずはドライブ。秋になれば、紅葉も美しいですね。
車についてちょいと雑誌で下調べ。そして彼と車の話題で盛り上がる。例えば
『この前街中でかわいい車見てね。ミニクーパーって言うの?かわいいよね〜』
とか言ってみる。そもそも男はメカが大好き。ガンダムといい、マジンガーZというロボット系から、戦艦大和とか、飛行機とか・・とにかくメカは好きなのです。

車も同じこと。車を運転する男であれば、必ず食いつく話題です。車について盛り上がったら、今度は彼に『どんな車に乗ってるの?』と聞く。そして
『それは乗り心地良いの?』とか聞けばきっと彼は『じゃあ乗ってみる?』と食いついてくるでしょう。そうなれば答えは『じゃあ景色の良いところへドライブに連れてってよ!』と返してあげると良いでしょう。

車について下調べしておくことで、車への興味を示すのです。何も興味なく、ただドライブへ行こうというのではこういう会話は弾まないから要注意です。最低限の知識だけは必要でしょうね。

また、他にも映画であれば
『最近話題の○○って映画見た?いつまでやってるのかなぁ?』
と映画の話題をふってあげる。そして『一人で映画館いっても寂しいよね?(笑)』とか言えば・・
『じゃあ俺と一緒に行く?』と言ってくれるかも?

他にもスポットは色々・・・遊園地、テーマパーク、水族館・・
今の時期で言えば、花火大会にプールに、海水浴と・・・・
それぞれで、下調べをする。そして、『○○ってすごく面白そうなんだけどなぁ〜』とか?
『行ったことある?』とか尋ねるのです。

行った事がなければ、世間話でもするかのように・・面白い!行ってみたい!そして一緒に行く相手がいない!と話すだけ・・・相手が行ったことがあれば、どんな風だったか?面白かったか?と相手に感想を聞き、自分も行ってみたいなぁ〜とつぶやく・・・そうすればきっと
『じゃあ俺と今度行こうよ!』となるのです。

ポイントはあなたと行きたい!と前面に押し出すのではなく、あくまでも世間話。自分の身の上話として話すこと。これなら誘われなくても、相手には単なる世間話としか思えないので、あなたの秘めた想いも悟られなくて良いかも。

自分の興味あるのは彼とのデート。でもそれを隠して、誘わせることにこのテクニックはあるのです。ですから、遊園地にしても映画にしても、車にしても下調べは必要なんです。
そして、自分が興味ある事柄をいかに相手に興味を持たせるか?ここが一番のポイントになるのです。

『俺の車も良い車なんだよ?』とか、『その映画ってそんなに面白いのか?』はたまた、『そんなアトラクションがあるんだ?面白そうだな・・』と相手に食いつかせないといけません。
そのためには、いかにあなたが楽しそうに話せるか?がキーになるのです。

あくまでも誘いは男にさせる。それが良い恋愛。愛されているなと実感できる恋愛ではないでしょうか?ただ単にいたづらに時間に任せて、受身でいても良い男の心は掴めないのかもしれません。アタックするのではなく、アタックさせる!
それがあなたの駈け引きによるものでも、効果は絶大だと思いますよ?
これから暑さも下り坂・・・・秋の紅葉はドライブには最適ですよね?今のうちに車雑誌でお勉強でもしておきますか?(笑)

最後に・・いくら相手に興味を持たせ、デートに誘わせろ!と言っていますけど、宿泊デートを持ちかけてはいけませんよ?
『○○温泉の○○旅館ってすごく良いらしいの・・・でも一人じゃ寂しいしね・・・』
なんて持ちかければ、男なら誰でも『じゃあ俺が一緒に行こうか?』と答えるかもしれません。
でもそこにあるのは、愛情ではなく性欲ですからね!(ま、言われるまでも無いですね。w)

割り切り
割り切り
posted by ささ at 13:02| Comment(5) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月14日

割り切り 年上女のつかみ方

最初の頃はめんどくさいぞ。

素直になりかけたり、振り払おうとしたり。
年下は嫌いと自分に言い聞かせておいて、
理性を保とうと努力したりとかね。

いいねえ、そういう女が素直になった瞬間。
それを見るのも恋愛の醍醐味の一つだよね。

さぁ、その後は彼女の気持ちの方がデカくなるかもしれないぞ。
年上女の愛は重くなる時が多々ある。
君は重さに耐えられるかな?
まあ本当に本気なら大丈夫か。俺と違うし。(笑)
                    ↑
               耐えられなかった人


ここまでしても彼女が引き気味になるときがたまにあるよね。
やっぱり彼女はまだ少し迷ってるんだ。
例の一つとして、
「やっぱりやめよう。距離を置こう。」と言われるとする。
そしたらどうするか。

1.それを笑い飛ばして、
「俺にハマんのが怖いのか?
 また年の差を気にしてんの?バカだなあ。」→キス

2.「ここまでお互いに本気なのに
  いまさら距離が置けるわけ無いじゃん。」と笑顔で言う。
→キス。(口にすると見せかけて頬に)

3.「それで俺の気持ちを試してるつもり?
  ガキだな。おまえ」と言う。 (大人ぶって)

こんなとこっすかねえ。俺なら。

でも大丈夫。ここまで来てたら彼女はもう引き返せない。
あっはっは♪←無責任(笑)

電話をかけて「オマエに会いてえ。」
その一言でもグッと来るものはあるんじゃん?
「オマエもいつまでも迷ってないで早く俺の女になれよ。」とかね。


まぁそういう女も気持ちに逆らうことをしても気持ちは強まるばかりだと思うが。
それでも色々考えちゃうんだろうね。
周りの反応や経済面などを。

やだねえ。
あんなにコカコーラが「No Reason」って言ってたのに。(笑)
理性なんて要らないのに。
ここまで来て「おあずけ」はねえだろ。

もうそうなったら人前で抱きしめちゃえ。
「オマエ無しの生活なんて無理だ。
 年なんて関係ねえ。オマエを愛してる。」
なーんて言いながらね。

諦めるなんて選択は出来ない。
俺にはどうせ無理だし。
後悔することがわかってるんだからそんなことは絶対に言わない。
俺は後悔することが一番キライだ。
だからいつでも全力投球。それが全てだ。
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2009年08月31日

割り切り ストレス発散

恋愛を休憩する
長い間身体に異常が出てしまう位辛い恋なら、終わりにしてしまいましょう。
と言いたいけど、まだ好きなのに諦めきれないという気持ちは分かります。
そこで頑張ることを一旦止めます。

買い物に行ってもいいし、友達と遊んでもいいでしょう。
一人で海や空をぼーっと眺めるのもオススメです☆
どうでもいいと思った時に限って、上手くいって拍子抜けしたりネ。

恋愛をしないことは何て楽なんでしょう。
相手を好きな気持ち、手に入れたいという気持ちがなかったら苦しまずにいられるでしょう。

でもその辛さが強ければ強い程、願いが叶った時の喜びは大きいのです。
切ない、辛い、という気持ちがなければ、恋愛は少しつまらなくなるもの。

▼違った行動を起こす
いつもと同じ展開のまま留まってしまうので、辛さが続くのでしょう。
そんな時は展開を変えてみます。
上手くいかないかもしれないし、上手くいくかもしれません。
一種の賭けです。

どうしても今のまま頑張ってみたいというのなら、
タイムリミット」を設けると良いでしょう。
恋愛にもメリハリは大事です。
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2009年08月24日

割り切りんだ

リンク集の割り切り出会い紹介と言うサイトで遊んじゃいました*^^*
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2009年08月12日

割り切りな上司がいる

 「イヤな上司がいる」と思っている人は、けっこう多いのではないでしょうか。
 そういう上司をいなくすることも、いい人に変えることもまずできないでしょう。
 イヤな上司と日々接しなくてはいけない場合に、どうしたらいいかを考えてみることにします。

1.こんな上司もいる
 イヤな人がいる場合のまず第一の心の対策は、「こんな人もいる」「こんな人のためにイヤな気分になるのは損だ」と、自分に言い聞かせることです。そうすれば、イヤな気もちが少しは軽くなります。
 たとえば、

 口が悪い人はいるものです。仕事の進み具合やミスにきびしく、その言い方がきつい上司がいます。感情的に怒ったり、イヤミな言い方をしたり、人のあら捜しばかりをしているような人もいます。暴言と思えるようなことを言ったり、セクハラ発言をしたり、差別的なことを言う人も、残念なことに世の中にはけっこういるのです。
 口が悪いのはその人の習性なのです。「この人はこういう人」と理解した上で、「こんな人もいる」「こんな人のために自分がイヤな気もちになるのは損だ」と考えたほうがいいのです。

 性格的に問題があるような人もいます。気分屋だったり、気まぐれだったり、わがままだったり、自分勝手な上司がいます。上の人への態度と下の人への態度が違う人も、不公平だったり依怙贔屓(えこひいき)をする人も実際にいるのです。中には、人事に私情を持ちこんで、気にいらない人や逆らう人を仕事から外したり違う職場に飛ばしたりするような人もいます。
 残念ながらそんな上司はたくさんいるのです。そんな人でも年功ということで役職が上がっていくのが日本企業なのです。そういう人が自分の上司になってまうことはあるのです。
 だから、たとえ上司でも「こんな人」でいいのです。「こんな人もいる」「こんな人のためにイヤな気もちになるのは損だ」と考えていいのです。

 能力がない上司もいます。仕事ができない人も、管理能力がない人もいます。そのくせ、手柄を独り占めにしたり、部下に責任を転嫁する最低の上司もいます。
 そんな上司は「許せない」と思っても、そういう上司の存在を会社が実質的に許しているのだからしかたがありません。

 自分と意見や考え方や方針が合わない上司、自分への仕事の与え方に問題があると思う上司、自分に対して対応が冷たい上司もいるでしょう。
 人の悪口やカゲ口を言う人、うわさ話やワイ談(Hな話)が好きな人もいます。そういう話を職場(や酒席)でのコミュケーション手段だと思っている人はけっこういます。
 中には、暴力をふるう人やセクハラ行為をする人もいます。(これらは犯罪行為なので、然るべき対応を考える必要もあるかもしれません)

 とにかく、イヤな上司はいるものです。(そうではない上司をもった人は幸せなのかもしれません)
 イヤな上司がいなくなってくれたら、イヤな上司がいい人に変わってくれたらと願う気もちはわかりますが、それを望むのはムリがあります。それを心の中で望んでいるうちは、そうならない現実に苦しむだけになってしまいます。
 まずは、「こんな人もいる」「こんな人のためにイヤな気もちになるのは損だ」と自分に言い聞かせ、それなりにつきあっていくことを考えたほうがいいでしょう。

2.それなりに対応する
 イヤな上司とそれなりにつきあっていくためにはどうしたらいいのでしょうか?
 まずは、ふつうのことをちゃんとやったほうがいいでしょう。
 あいさつや謝罪やお礼などの人づきあいにおける基本的なことです。イヤな相手ほど、そういうことを丁寧にしておいたほうがいいと思います。
 また、仕事を一所懸命にやることも大切です。イヤな上司だからと言って、仕事に支障がでてしまっては、社内での自分の評価が下がってしまいます。

 次に、イヤな上司と接する時には、淡々と対応したほうがいいと思います。そのためには、「この人はこういう人」とわかった上で、相手の悪い所はできるだけ軽く受け流し、あまりイヤな気もちにならないように心がけることです。
 たとえば、口の悪い上司の場合には、言い方や相手の態度には「またか(ハオハオ)」などと考え、相手の言葉の中から必要な情報だけを受け取り、「そうですね」「わかりました」「すみませんでした」などとふつうに対応できたら、と思います。

 そして、イヤな上司と接していない時には、その人のことは考えないようにすることが大切なのです。特に、上司からイヤなことを言われた時などには、その後の対処が大事です。上司の悪い所を考えれば考えるほど、イヤな気もちになるし、心の中で問題を大きくしてしまうのです。「上司のここが悪い」「許せない」などと余計なことは考えないほうがいいのです。
 ふと、考えてしまっても、「こんな人のためにイヤな気もちになるのは損だ」と考えられたら、と思います。
 職場を離れたら、そんな上司のことはいっさい考えないで、自分の生活を愉しむようにすることです。

 イヤな上司はいるものです。それなりの対応ができ、少しでも気分よく生活することができたら、と思います。
 「嫌いな人がいる」も参考になると思います。

3.力をつけ、時を待つ
 イヤな上司のために「今の職場をやめたい」と思ってしまうこともあるでしょうが、よく考えたほうがいいと思います。自分なりの仕事をするメリット/価値/意味/理由などがあるはずです。それらを一人の上司のために棒に振ってしまっていいのかどうか?

 イヤな上司の下で仕事を続けていくためには、ある程度の我慢も必要です。
 そのためには、相手のイヤ部分はできるだけ受け流すことができたら、と思います。
 相手から逃げるのではなく、ちゃんと受けてから、必要な部分に対応し、不要な部分は流す(気にしない)ことが肝心です。
 こちらが我慢すると「つけあがる」という人がいますが、それはちゃんと受けて必要な部分の対応(同意する/反対する/ことわる/謝罪するなど)をしていないのかもしれません。
 いずれにしても「つけあがる」相手はさらに人間としてのレベルを下げ、それを受け流せる自分はレベルアップできると考えてはどうでしょうか。
 「自分を育てる」という意識もあったほうがいいと思います。「くるならこい」ぐらいの気もちをもてれば、と思います。

 イヤな上司にひとりで対するのは大変かもしれません。できれば、味方を作ることができたらと思います。状況を理解してくれる人や、その上司から同じような被害を受けている人と何か協力ができるかもしれません。そういう人が存在するだけでも心強いのではないでしょうか。
 また、その上司のすることがあまりにも無謀だったり、会社の不利益と思われる場合には、「その上司の上司に訴える」という非常手段も考えられます。
 最後の手段として「職場を辞める」ことも一つの選択肢として残しておいたほうがいいでしょう。

 自分が(仕事の上でも人間的にも)力をつけることで、イヤな上司も苦にせずに対応できるようになれたら、と思います。
 また、そのうちに人事異動などで上司が替わることも考えられます。
 「力をつけ、時を待つ」という考えでもいいのではないでしょうか。
posted by ささ at 13:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月27日

自分を大きく見せる必要はない

他人の自慢話は、話半分に聞いておくぐらいがちょうどいいと言います。
これまでに10人の異性と付き合ったと言えば、そのうち半分くらいは数週間程度の付き合いの人も含まれているでしょうし、有名人と子供のころ友達だったと言えば、実際はただの顔見知り程度のものでしょう。
自慢とは、自分をよく見せるためにするものですから、どうしても大げさになってしまうものです。

自分に自信のない人は、他人からバカにされることを怖れて、ゴテゴテと自分を飾って見せようとしてしまいます。
しかし、そもそも自分をよく見せようとすることが、自分に自信がもてない原因なのです。
できないことをできるように見せかけようとするから、「本当の自分が知られたらどうしよう」と怯えてしまうのです。

精一杯背伸びをして自分を大きく見せることでは、けっして本当の自信はえられません。
背伸びをした状態で走ることはできないのです。全力で走るためには、しっかり地面に足をつけておかなければなりません。
地に足をつけて全力で走っても、他人に勝てないこともあるでしょう。しかし、背伸びをしても速く走れるわけではありません。自分の実力で勝負するしかないのです。

自分に自信をもつ方法は、つねに8割ぐらいの自分を見せておくことです。
他人から評価されようとして、ぎりぎりいっぱいの自分を見せてしまえば、それ以上に評価が上がることはなく、あとはボロを出さないよう不安に怯えることになるだけです。

「能ある鷹は爪を隠す」と言います。自信とは、自分の実力を他人に見せつけることではなく、逆に忍ばせることによって養われるのです。
8割の自分を見せておけば、つねに心に余裕を残しておくことができます。
しかし私たちは逆に、120パーセントの自分を見せようとしてしまいます。
それはちょうど、クレジットカード借金をして、身の丈以上の生活をすることに似ています。そのツケはいつか払わなければならないのです。

けっして、努力することを否定しているのではありません。
自分を向上させるために、努力は続けるべきですが、見栄を張って他人に見せびらかすこととは別問題です。
実際の自分以上に見せようとする考えを捨てないかぎり、どれだけ必死に努力しても、実力が見栄を追い越すことはなく、自分に自信をもつことはできません。

人はたいてい、「もっとお金があれば、楽しい暮らしができるのに」と思っています。
しかし、お金が増えれば欲求は満たされるかというと、そうではありません。それどころか、お金が増えれば増えるほど、ほしいものも際限なく増えていくのです。
日本人が消費しているもののうち、人間が生きていくために本当に必要なものは、ごくわずかです。人はお金の大半を見栄や道楽や横着のために使っているのです。
この世に「満足している金持ち」はほとんどいないでしょう。

知識が豊富である、仕事ができる、会話がうまい、友人が多い……。
条件が高ければ、得をすることは多いでしょう。しかし、それはただ「自分が得をする」「自分が楽しい」といった次元の話にすぎないのです。人間の価値は、そんなことで決まるのではありません。
「人生を楽しむ」ということは、すばらしいことには違いありませんが、別にそういう人が偉いというわけではないのです。

人間にとって必要なことは、「困っている人を助けてあげる」「礼儀をわきまえる」「人の痛みが判る」など、小学校までに習うような基本的な心がけだけで充分なのです。特別な資格や才能は必要ではありません。
容貌、家柄、教養、肩書き、財産などの表面的な条件を取り払っても自分には価値があると思えることが大切であるし、他人に対してもそのような見方をしなければなりません。

自分の弱点を隠して他人と付き合っている人は、自分の条件を高く見せることで、レベルの高い相手と付き合えると思っているのではないでしょうか。
しかし、それはまったく逆で、自分の条件を高く見せようとすればするほど、付き合う相手の人間性のレベルは低くなっているのです。

「弱点を隠さなければ付き合えない相手」が、どれだけレベルの高い人間だというのでしょうか。
自分に自信がもてない人がすべきことは、「自分の条件を高めること」ではなく、「条件が高くなくても付き合える相手を選ぶこと」です。
「表面的な条件に関係なく、ありのままの自分を尊重してくれる人」が、本当に付き合うべき、レベルの高い人なのです。
posted by ささ at 11:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月22日

自分のしたいことをする

「自分のしたいことをする」ということに、罪悪感を感じる方もいるかもしれません。
子供の頃、「わがままをいってはいけません」「がまんしなさい」と厳しくしつけられたために、欲求を抑えてしまう癖がついているのでしょう。

もちろん、他人の迷惑も顧みずに傍若無人に振舞ったり、他人から何かを奪ったりすることは、悪いことに決まっています。
しかし、正常な感覚をもっていれば、他人を困らせたり、他人を悲しませたりしてまで自分だけが得をすることは、本当に喜べることではありませんので、おのずから、「したいこと」からは除外されるはずです。

自分の心に恥ずることなく、胸を張って語れること、見栄や私欲ではなく、心からの充実を感じられることであれば、「したいこと」は、躊躇することなく行っていいのです。行うべきです。

人は、自分の喜びのために生きていいのです。
そのエネルギーが、まわりの人にも幸せを分け与えます。

「幸福論」を著したアランは、「人は、幸福になる義務がある」といっています。権利などという甘いものではなく、幸福は義務だといっているのです。
幸福も不幸も、少なからず周囲の他人に影響を及ぼすからです。

毎日の生活に充実を感じていない人は、他人の幸せを妬み、他人の不幸を願うようになります。
自分の喜びのために生きていなければ、人を愛することはできず、人から愛されることもありません。

樹木は、少しでも深く根を張り、高く成長し、多くの実をつけようとします。
犬は、広場につれていけば喜んで走り回りますし、鳥は、鳥かごから出してやれば、大空へ向かって飛び立ちます。
自分に与えられた能力を最大限に発揮しようと努めることが、生物に与えられた本能であり、生きる喜びそのものなのでしょう。

縁起でもない話ですが、もしあなたの命が、あと数年で終わると判ったなら、残された期間、何をしますか。
あなたが今、思い浮かべたことが、きっと、あなたにとっての理想の幸せの形です。
では、なぜ、それを今すぐに実行しないのですか。

自分が本当にしたいことは何なのか、自分はどういう人間になりたいのか、心からわき上がる声に耳を傾けてください。
自分が求める幸せが、他人の不幸の上に成り立つものでなければ、誰に遠慮することもなく、堂々と求めていいのです。
posted by ささ at 12:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月06日

エリートの弱点

おそらくその人は小学校中学校、高校と学力ではトップレベルだったのだろうと思います。そして世間もうらやむ大学へと進みます。卒業後も企業で才能を発揮して、その世界では有名な人となります。しかし、人生いいことばかりは続きません。数年前に体を壊してから家のなかに引きこもりがちになり、今年のクリスマスの数日前に自らの手でこの世を去ったと聞きました。その人を良く知る人は理由が分からないと言います。どうしてあれだけ人もうらやむほどの才能を持っているのにと不思議に思うのです。

 問題集に書いてある問いを解くには教科書参考書との付き合いが嫌でなければ間もなくその答えを見つけることが出来ます。そんな人にとっては解くこと自体が楽しいと聞きます。そしてそれによって世間の評価は上がっていきます。しかし、それは残念ながら人間としての評価ではありません。

 苦難に見舞われたときに見出すべき答えはその問いの種類があまりにも多すぎて本の中にさえその答えを見つけることは困難です。そして世間的な評価が高いということからくるプライドの高さが逆に謙虚にその答えを見つけようとする自分の行為を嫌うのかもしれません。

 どんなに優秀な人でもただ優秀だからという理由だけで自分の存在価値を実感することは困難です。なぜならどんな優秀な人でもさらに優秀な人はいくらでも存在し、たとえその人が存在しなくても世の中は何事も無かったように進んでいくということをすぐさま理解できるからです。

 成績が悪い人や、器量が良くない人は生まれて間もなく、それに気づき、それでも生きていくための術を学ぼうとして、学力向上に結びつく行動に身が入りません。そして世間の評価は低いのです。大人になる頃にはたとえつまらないと言われようが自分なりの存在価値を無理矢理にも作り上げます。だから、強いのだと思います。自分は雑草のようになってでも生きていくと訳も分からず強く思えば力も湧いてきます。しかし、その雑草になりきれない人は人を魅了する奇麗な花のように命が短いのかもしれません。そしてまた咲くであろうその奇麗な花を待ち望んでいる人達がいることに気が付かないのだろうと思います。
posted by ささ at 11:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月29日

モテる人の優しさ

すごく美人なんだけど無表情。愛想も悪く、同性からも好かれていないようすで、話しやすい雰囲気をかもしだしていない女の子。顔はフツウよりもちょっとかわいい程度だけど、いつも笑顔で愛想がよく、だれとでもわけへだてなく会話ができる女の子。

「モテるのはどっちだ?」

そう質問したら、ほとんどの人が「後者でしょう」と答えることと思います。モテる女の子というものは、容姿の美醜ではなく、ふだんの心がけ(アイサツができる。笑顔を絶やさない。だれにでも公平な態度)や親切さで決まる! といっても過言ではありますまい。

それでは、男性の場合、どういうタイプがモテるのか? と考えたときに、「どうせ金でしょう」とか「背と顔だよ」とか「地位と学歴?」とか、そういうふうに答える男性は多いものです。また、例え口ではそういわなくても、内心そんなふうに考えている男性が圧倒的かもしれません。それは、悲しい事実なのでしょうか……。

Sくん(28才)は、某玩具メーカーの研究室で働いています。職場は男性ばかりで、唯一の女性が先輩のAさん(31才)。Aさんは笑顔がかわいい、ちょっとグラマラスすぎるタイプの女性で、とてもお人好しなため、ツッコミどころ満載です。しかし、Sくん的にはなんとなく、(この人を怒らせたら怖そう……)という感じがするので、同じ部署の男性の先輩や上司のように、彼女をからかったり、いじったりはしていませんでした。

あるとき、その研究室に、研修のために新人のRくん(23才)が配属されてきました。

Rくんは、そこまでわかりやすくていいんかい! といいたくなるほど、見るからにオタクそうなメガネと髪型と、運動とは無縁そうなプヨプヨの体型をした若者で、おまけに性格もかわいくない。たとえば、上司が、
「これをやっておいてくれないか」
と仕事を頼むと、彼はまず絶対に「Yes」とはいいません。
「どうしてボクがやらなきゃいけないんですか?」
と質問で切り返してきます。上司が根気よく、これこれこういうワケだから、キミにこの仕事を頼むんだよ、と話をすると、
「じゃあ、いいですよ。やりますよ」
と、渋々、仕事を引き受ける。えらそうなことをいうわりに、仕事は遅いし、間違いも多い。そのくせ、言い訳というか屁理屈だけは達者で、
「そもそも、このデータがこんなふうにわかりづらいから、自分が間違ってしまったんだ。もっと、系統立てて仕事をするべきだ」
と汗をダラダラかきながら、延々とうんちくを傾ける始末です。

そんなRくんの態度に、だれもが内心ハラを立てていたものの、新人がすぐに退社してしまうと、人事から調査部隊がきて、事情をあれこれ聞かれたあげく、査定に響いてしまうこともあるため、だれも何もいわずにジッと耐えていたのでした。

あるとき、Rくんも連れて、職場のメンバーでランチにとんかつ屋へ行くと、Rくんが唯一の女性であるAさんに向かって、
「ははは、ブタがとんかつ食べてますよ。そういうの共食いっていうんですよ」
といったのです。思わずプッと笑ってしまった男性もいましたが、Sくんは笑いもせずに、
(人のこといえた義理かよ)
と心の中で舌打ちをしていました。

すると、どうでしょう。ふだんはとても温和で、心やさしいいじられキャラのAさんが、
「いい加減にしなさいよ。あんたにだけはいわれる筋合いないのよ。自分の顔と体型をカガミで見たことあるの? ほら、今すぐトイレに行って、カガミ見てきなさいよ。早く行きなさいよ!」
と怒り、本当にRくんをトイレに追いやったのです。そして、うなだれたようすで戻ってきたRくんに、
「どうだった? カガミ見てきたんでしょ」
と追い討ちをかけ、
「すみませんでした。人のことはいえません」
とあやまらせたのでした。

やっぱり、この人は怒らせてはいけない相手だったなあと、自分の直感の正しさに満足したSくんでした。

男性がモテるために必要なことは、経済力や身長や地位や顔だけではありません。その前に、それ以前に、

「女性のことを悪くいわない。全世界の女性にやさしい気持ちを持つ」

それが大切なのです。すべてのさまざまなタイプ、年代の女性にも愛をもって接する気持ちが、モテるためには、いちばん大切な要素なのです。

そのあたりのことがよくわかっておらず、顔がかわいい子、スタイルのいい子だけ限定で愛想をふりまいたり、やさしいことばをかけたりして、そうでない人にはひどいことばを投げかける。男性のそのような冷たい、裏表のある態度を、女性は見ていないようでジーッと見ています。

常日頃から、アイサツがきちんとできて、笑顔で、わけへだてない公平な態度を取っている。そういう人が「モテる」のは、女性も男性も同じなのです。「お金さえあればいい」「見た目さえよければいい」「勉強さえできればいい」「仕事さえできていればいい」と考えるのは、男性のカン違い。モテる人は、女性でも男性でも、世界中の人に対するやさしさがある、ということを忘れないでほしいなあと思います。
posted by ささ at 10:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月23日

もの静かな男はモテないのか?

ぼくは家でのんびり本を読んだり、音楽を聴いたり演奏したりするのが好き。映画コンサートに出かけるのは好きだけど、大勢でアウトドアに出かけて騒いだり、テニスやゴルフなど、人数がいないとできないスポーツも必要があればするけど、あまり好きではない。女性はこういう内向的な男を好きにならないような気がする。だから、自分には彼女ができないのかな? と、悩む男性はわりといらっしゃるようです。

今回は「もの静かな男はモテないのか?」というお話を考えてみることにしました。

結論から先にいってしまうと、わたしは、もの静かな男、インドア派の男性は決してモテなくないと思います。

たしかに、女の子は「日焼けしてて、体育会系で、さわやかでハキハキしていて、引っ張ってくれそうな頼れる感じ」という、わかりやすい男らしさに心を奪われがちです。なので、運動ができる男の子や、ものおじせずハッキリものをいう男の子、自己主張をするのがうまい、ちょっと強引なくらいの男の子がモテたりします。

ですが、女性も大人になるにつれて「男らしさ」の概念は変わっていくのです。

男らしさは、自分の信念を貫こうとする姿勢にあるのではないか。自分に誠実であることが大切なのではないか。孤独と向き合えるところにあるのではないか。というようなことを考えるようになると、運動ができる=ハキハキしている。ものおじしない=信念を貫ける。自分に誠実=ちょっと強引、という単純なものではないな、ということにも気がつくわけです。

たとえば、わたしは出版社の編集者さんと仕事をしているわけですが、編集者さんって、男女ともかなりの確率で、もの静かな人が多い気がいたします。もちろん、なかには体育会系の社風の出版社というのもあるのですが、その場合でも、女性社員が体育会系で、男性はわりと静かで控えめな方が多かったりして。

ですので、男性編集者さんに子どものころの話を聞くと、
「体育が苦手でつらかった」
「男は勉強ができても、運動ができないと、そのことにプレッシャーを感じる」
「本ばかり読んでいたので『男のくせに、家に閉じこもってばかりいてなんなんだ』と親父に怒られた」
「子どもは体育会の主役がモテる」という人がやっぱり多くて、インドアな子どもだった自分にコンプレックスを感じていたようです。

また、学生時代の話を聞いても「オーケストラでヴァイオリンを弾いてた」「チェロを弾いてた」「サックスを吹いてた」「トロンボーンを吹いてた」「ピアノを弾いていた」と、いうような男性がうようよしていて、「テニスサークルで遊んでました」というタイプの人に遭遇したことがないくらいです。

で、わたしが彼らのことを「モテないだろうな」と思うかというと、そんなことは決してありません。

子どものころの彼らの「よさ」はなかなか伝わりにくかっただろうけど、大人になったら、こういう男性のほうがモテるだろうな、と思うくらいですし、実際わたし自身も、もの静かな男のほうが好きだったりします。

もの静かな男の長所を挙げてみると…。
○アタマがよく、考えて話をするので、言わなくていいようなことを言わない。
○自分は自分、彼女は彼女と個人主義を貫けるので、相手に自分を押し付けたり束縛したりしない。
○物知り。情報収集が上手で話題が豊富。
○放っておいても、ひとりで楽しく時間を過ごしてくれる。
○家にいるのが好きなので、自然と家のこと(家事だとか)をするようになり、女性からすると手がかからない。
といったことが考えられます。

若いころモテなかったので、女性慣れしていなくて、女の子問題ではすぐに舞い上がって先走っちゃうという欠点もありそうなのですが、そういうところもひっくるめてかわいかったりしそうです。

とはいうものの、正直言って、もし若いころ(20才前)のわたしが、男性から「運動ができない」「趣味は楽器の演奏」というような話を聞いていたら、(うわ、そんなこと自慢しないでよ。なんか暗そうな男の人)と、感じてしまったかもしれない、という疑いはあります。

でも、これって、中、高校生の女の子が男性のスネ毛を「気持ち悪い」というのと同じで、勝手に「男って運動ができるもの、外交的で社交的なもの…。それなのにスネ毛とかあんまりなかったりするもの…であってほしい」と決め付けているから、その対極を暗そうと感じているだけなのであって、女も加齢とともに、勝手な思い込みをしていたおバカな自分のことを反省していくのです。

つまるところ「もの静かな男」のよさというか「価値」は、なかなか若い女の子にはわかりづらく、見えにくいようです。実際、わたしは若いころはちっともモテなかったのに、おじさんになっていくに従って、知性と気遣いを武器にドンドンモテるようになった男性をいっぱい知っています。もの静かな男は30 歳をすぎて花開く、という感じかしら。

もの静かな男を愛する女は、確実に存在しているのですから、男なんだからアウトドア派で社交的なのを売りにしなくちゃ、なんてムリなことはしないほうがよろしいかと存じます。

だから、男性も「女の人は…やさしくてキレイで色白で、母性本能で男性や子どもに尽くすのが好きなもの」というような勝手な決め付けをして、女の子に無茶をさせないでくださいね。
posted by ささ at 10:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする